日本歯内療法学会雑誌第38巻第一号に論文を投稿しました。

イオン導入法は、東京医科歯科大学歯内療法学の泰斗、鈴木賢策教授の大きな業績のひとつです。鈴木先生のもうひとつの業績は、電気的根管長測定法があります。これは、日本発のいまや世界標準の歯科技術ですが、実はこの電気的根管長測定法はイオン導入法の研究の過程で生み出されてきたことはあまり知られておりません。そして、電気的根管長測定法がどんどん世界に普及する一方、イオン導入法は近年ほとんど顧みられることがなくなりました。このイオン導入法が複雑な根管系に薬剤を浸透させることに優れている大きな長所があるにもかかわらずです。
今回発表した論文では、根管系に感染すると最も除菌しにくい微生物のひとつとされている腸球菌エンテロコッカス・フェカーリスを使ってこのイオン導入法の抗菌性の検討を行いました。
その結果、従来行われていた術式や薬剤を変更することにより,この除菌が困難な細菌種を殺菌することが可能になることを明らかにしました。
今後、さらなる研究が進展することが期待されます。

Enterococcus faecalisに対するイオン導入法の抗菌性の検討
-薬剤と通電法について-
小山隆夫1) 中野(長谷川)雅子2) 細矢 哲康2) 前田 伸子1)
1)鶴見大学歯学部口腔微生物講座
2)鶴見大学歯学部歯内療法学講座
In bitro eveluation of antimicrobial activity of
iontophoresis against Enterococcus faecalis
-Medications and electric current application methoda-
OYAMA Takao)1, NAKANO-HASEGAWA Masako2),HOSOYA Noriyasu2)and MAEDA Nobuko1)
1)Department of Oral Microbiology, School of Dentistry,Tsurumi University
2)Department of endodontics, School of Dentistry, Tsurumi University
緒 言
根尖性歯周炎は,難治性に転帰することも稀でなく多くの臨床家を悩ます病変である. その病因および治療法をめぐる議論は,遠く 1950年代末に起こった.
アメリカ歯内療法学会での激しい論戦は,培養検査が有用か否かに始まり,根管充填処置の重要性の強調で一応の結着に至ることになった。さらにその後根管充填術式の改良,機械的拡大処置と化学的洗浄処置の
開発と改善が図られてきた. しかし病因をめぐる議論はその後も続き, over-instrumentationやover-fill-ingによる物理的刺激2),根管貼薬剤 洗浄剤”. もしt糊剤5)による化学的刺激,あるいはホルムクレゾールがハプテンとして働く6)ことによるとの意見等,種々の主張がなされたところがその後の細菌培養法の改善や分子生物学的知見と手法の進展に伴う細菌学の進歩の結果,根尖性歯周炎の主な原因が細菌感染であることは, 1980年代末には大方の研究者の合意を得るに至った.すなわち,根尖性歯周炎の根尖病変は根管系の感染によることが明らかにされ3-11),最近の研究ではおよそ400種以上の細菌種が検出されることが報告されている12-19). そして,根管系は本来細菌の存在しない無菌的領域であることから, これら検出されるすべての細菌が病原性を示す可能性があることが指摘されている20)
一方,実際の臨床の場では, まだ未解決の問題が残されている従来の歯内療法の術式では,機械的拡大処置や化学的洗浄処置後に,緊密な根管充填処置と歯冠修復処置を実施することで少量残存する可能性のある細菌は封じ込めることにより治癒が図られるというエントームメント21)が今なお,主流的考え方であるところが, このような意図はかならずしも成功しないこと、すなわち,緊密な根管充填処置と歯冠修復処置のみでは, いかにそれが技術的に良好に行われていても歯内療法処置の予後経過に決定的な役割を及ぼすものではなく,感染の主原因である細菌除去の重要性を再認識する報告が多くみられるようになった22-24). したがって,機械的拡大処置ならびに化学的洗浄処置や根管貼薬処置の再検討が行われているが,細菌除去の観点から,その成果ははかばかしいものではない。すなわち,根管系に存在する側枝, イスムス,根尖分岐などの解剖学的複雑性から,機械的拡大処置および化学的洗浄処置のみでは,細菌の完全な除去には限界があることは25.27),最新の機材およびさまざまの濃度の次亜塩素酸ナトリウム溶液で処置した根管あるいは根尖から採取した試料の40~60%から細菌が検出されることからも明らかである26,28-31). さらに,根管貼薬として最も頻用されている水酸化カルシウムは十分な抗菌性をもたず23.29,32.34),浸透性が乏しい欠点があることも指摘されている35-37)
このような状況の中で,根管充填処置後の予後不良症例を外科的歯内療法の適応とする考え方もあるが,それは根管充填処置前の細菌感染除去を十分に図ることという原則を毀損するものであってはならない.
一方,本邦ではかつてより,高い浸透性がある歯内療法処置としてイオン導入法が広く知られている.
イオン導入法は,主根管はもとより側枝ならびに象牙質深層の最も消毒困難とされている部分にも浸透するが特徴である38-40)。ところが, イオン導入法の原理を化学反応38)ととらえず,電圧をかければイオンが流
れる電気泳動と同一視する理解41)のために,陽極通電あるいは陰極通電のいずれが適切な通電法であるかの議論も定まらないまま今日に至っている42.43)加えてフッ化ナトリウム,アンモニア銀,ヨード.ヨード亜鉛, フッ化ジアンミン銀等, イオン導入法で用いられる薬剤の有効性も十分には比較検討されていない。
したがって本研究の目的は,根尖病変実験モデルを用いて,陽極通電あるいは陰極通電での各薬剤の抗菌性を検討し, イオン導入法の適切な使用法および薬剤を調べることである.根尖病変に存在する微生物は,根管内一次感染16)と二次感染44)では相違することが報告されている. とりわけ,難治性根尖病変では,Enterococcusfaecalis,Pseudoramibacter alactolyticus, Propionibacterium propionicum, Filifactor alocis, Dialister pneumosintes等が多く検出される45)ことが報告されている. そこで本研究で,被験微生物としてE.faecalisを選び,根尖病変部を模したモデルでイオン導入法の効果を検討した. また,通電状況を確認するため陽極通電あるいは陰極通電時の抵抗値を測定した。<以下略>