根管治療のはなし
「細菌の検査について」
根尖性歯周炎※1の主な原因が細菌感染であることがはっきりした今日でも、根管治療の専門家の中には、治療後の状態について、細菌と共存をやむをえないと考える先生がいらっしゃいます。この立場をとられる先生はほとんど細菌検査を実施しません。経過のチェックは、かんだときの痛みの程度とレントゲンによる根の状態になります。一方、当院では、根管および根尖部の細菌感染を根絶することを目標にしております。噛んで痛くなくても細菌がまだ残っていることが結構あります。また、細菌はいきものですからのちのち増える可能性があることも大きな問題点です。

培養検査について、もうひとつご説明することがあります。以前は、ふつうの大気中で、37℃で培養する方法がおこなわれていました。正確に申し上げると、現在でも保険診療で実施する場合があります。ただしこの場合、細菌感染の残存が指摘されている抜髄症例ではできませんし、一回で感染が確認できない場合がほとんどである感染根管症例においても一回しか実施できないので、実際の臨床ではほとんど役に立ちません。

さらに、大事なのは、根管治療での好気性菌はわずかしかいないことです。そのため、この好気培養検査を実施すると、治療処置に参考になるどころか処置方針を混乱させるとも指摘されております。そのような理由で、当院では、”S培”という簡便法ではない、チェアーサイド嫌気培養システム※2という嫌気培養検査を採用しております。

しかし、多くの患者様は、何故ほかの歯科医療機関は培養検査を実施しないのだろうかと疑問をお持ちではないでしょうか。

この疑問にお答えるするためには、若干の説明が必要です。

実は、エンドを巡る研究者のあいだでの論戦での歴史上の秘密があります。もう50年も昔、「シンケイをとる」という治療についての学問ーーエンドドンティクス、略してエンドーでの有名な論文が出ました。

題して、『培養すべきか培養せざるべきか、それが問題だ』。

”生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ”というハムレットの名セリフを模したこの論文は、有名な研究者が4年有余の時間をかけて、かなり周到な準備のもと出されたものでした。

これ以前は、エンドでも培養検査が行われていました、とりわけ、専門家のあいだでは。しかし、この論文で培養検査が無意味であるという意見が表明されるや培養検査を実施する専門家は徐々にいなくなってきました。

もちろん、簡単にそうなった訳ではありませんでした。逆にかなり激しい論戦が続きました。事実、この学術雑誌自体はアメリカのものでしたが、対立する研究者がわざわざ太平洋を渡って日本にまでやってきて、論戦を戦わせました。相当なものです。この論戦の後遺症は、培養検査が臨床上無意味であるということにとどまりませんでした。術後の痛み、根尖性歯周炎ーーバイキンの影響で歯の根の先に炎症が起こることーーの原因もバイキンが原因とは必ずしもいえないという風潮が支配的なりました。

シンケイは取って緊密につめれば治るものだということになったのです。

これは、今でも日本の大部分の臨床家の支配的な考え方です。

先に述べた論戦から50年経過した今日、このエンドの考え方・治療法にいくつかの変化が起こっています。

ひとつは、培養術式の進歩です。当院が採用している「チェアーサイド嫌気培養システム」は、この進歩の賜物です。

さらに、根管の機械的拡大の術式にも、ステンレススチールとともに、ニッケルチタンが利用されるようになってから格段の進歩が見られています。シンケイの管は、実際には管にはほどとおい帯状だったりリボン状だったり網目状だったりかなり複雑な形になっています。この複雑な洞窟のような根管系(シンケイが入っているところ)に通り道をつくる道具としてニッケルチタンの器具はきわめて有用です。ニッケルチタン合金の『超弾性』という今まで考えられなかった性質が、複雑な根管系の形を従来になく整えることを可能にしました。このニッケルチタンを使いこなすには練達の技術が必要であるだけでなく、かなりコストがかかります。

もちろん、当院は、このほかにも、さまざまの術式を採用しております。超音波、イオン導入法、各種薬剤貼薬法等々を実施しております。

細菌感染をなくすことが治癒の条件であるとの方針のもと、細菌検査でそれを確認しているため、これらの総合的アプローチがどうしても必要であるからです。

これらの術式により、無菌を確実にした後に、根管を緊密に充填して、根管治療を終了することになります。

1.術前 歯の根の先におおきな影があります。これが腫れの原因です。

2.術後 歯髄があった根管に綺麗に根管充填剤が入っているのがわかります。
  根尖にあった影は消えつつあります。 もちろん、患者様の痛み等の症状は完全に消失しています。

3.術後 5年後経過 根尖にあった影は完全に消失しています。経過は順調に推移しております。

※1 根尖性歯周炎
歯の根っこの先に、起きる炎症。噛んだりすると痛みがでる場合がある。とんとんたたくと、変な感じがしたり、痛む場合もある。歯髄(俗にシンケイとよばれるところ)の炎症がひどくなると、引き続き起こる。ほとんどの場合、細菌感染が原因になる。

※2 チェアーサイド嫌気培養システム
微生物は、偏性嫌気性菌、通性嫌気性菌、好気性菌、そのほかがあります。ムシバが深くなって歯髄(俗にシンケイとよばれるところ)にまで達するときは、空気にさらされていないので、そのような環境下では嫌気性菌が増えてきます。そもそも、オクチから始まる胃や腸のような消化管では、多くの細菌が嫌気性菌です。保険診療で使用されているS培と呼ばれる検査は、好気培養なので、このような環境で繁殖する細菌の検査には不適当といわれております。一方、チェアーサイド嫌気培養システムは、培地にヘミン、メナジオンを添加した嫌気性菌用血液寒天平板培地を使用し、チェアーサイドで、簡便に嫌気培養検査を可能にしたシステムです。

※3 イオン導入法
当院では、イオン導入装置と呼ばれる機器を使って歯の根の消毒・治療を行っております。治すことが難しいケースに効果を発揮するのがイオン導入治療です。患者様は痛くも痒くもありません。
前へ